最新技術は取り入れるべきでも大事なのは人間らしさ6 ―武部さんの45年間のキャリアの中で、音楽業界もたくさんの技術革新が起きました。それをどのように活用してきましたか。音楽だけでなくどんな仕事でも、テクノロジーの進歩は無視できません。だから、積極的に活用していくべきだと思うのですが、それに頼り切るのは違うと思います。例えば、「〜みたいな曲を作って」とAIに命じれば、それなりの曲は出来上がります。完成度も高いかもしれません。でも、それはやっぱり「〜みたいなもの」なんですよね。人が心を震わせられるのは「整ったもの」ではないと思っています。どこかでいびつさや歪みがあったり、不完全な部分があるから、そこに感情移入できたり、いいなと思えたりするんです。今は音楽の録音や編集、再生もデジタルですが、昔ながらのアナログレコードから耳に届く音には、今のデジタルでは聞こえない音が聞こえるんです。ととようる曲を僕が書き、彼女が詞を書いて、人の感情を揺さぶるような曲を作り上げました。それで、出来上がったデモテープをいろんなレコード会社に持ち込みましたが、どこからも断られました。でも、そのデモテープを耳に留めてくれたディレクターが一人だけ現れて、この曲を絶対に世に出したいと言ってくれました。それが『もらい泣き』という曲で、蓋を開けてみたら50万枚を超えるヒットになったのです。―音楽プロデュースをビジネスに例えると、新しい商品やサービスを市場に送り出すのと似ていますね。ビジネス界ではマーケティングがつきものですが、音楽業界ではマーケティングした時点で負けだと思っています。こういうものが売れているとか、人々は今こういうものを求めているとか。でも、そこから作り始めても遅いじゃないですか。そうではなく、「次に何が求められるのか」「今ないものは何か」を考えることが僕らの世界ではすごく大切な事なんです。それはビジネスの世界でも同じかもしれませんけどね。アナログならではの「にじみ」というか、不完全な部分があって、今はそういうものが求められているのかもしれません。「テクノロジー+人間らしさ」。その人間らしさの部分に豊かさがあると思うんですよ。それをうまくミックスさせる仕事のやり方が今、求められているんじゃないでしょうか。―企業において若手社員の育成は重要な課題です。武部さんは一緒に仕事をする若い世代とどのように向き合っていますか。僕は『FNS歌謡祭』や『MUSIC FAIR』といったテレビ番組の音楽監督もやっていますが、現場では、なるべく若い人にチャンスを与えたいと思っています。もちろん、僕らの世代とは全然価値観が違いますけど、お互い学び合うところがあるんです。僕は経験から教えられることがいろいろあるし、逆に若い人たちから、今はこういう音がカッコイイですよとか教わることもたくさんあります。僕も自分で会社を経営しているので、日頃からスタッフとディスカッションすることが大事だと考えています。特に、上に立つ人間は「自分の時代はとを全部話し合って、人となりをわかった上で、じゃあ、こういう音楽を作ろうと結びつけるようにしてきました。例えば、一ひ青窈というアーティストに最初に出会った時、彼女はブラックミュージックの歌姫になりたくて、ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーを歌ったデモテープを持って来ました。でも、当時は宇多田ヒカルやMISIAといった歌姫がすでに世に出ていたので、その二番煎じでは絶対に売れないと思いました。僕は「〜みたいな音楽」ではなく、一青窈という「まだない音楽」を作りたかったんです。そこで、台湾の血を受け継いでいる彼女のオリエンタルな香りを出せ
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