Plusone632
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安住の地を見つけてを超える父のそばに戻るため埼玉県行田市の実家の近くへ引っ越しを決め、熊谷市に移住することになった。小林さんの実母も近くの特別養護老人ホームに預けることができた。もともと「60歳を過ぎたら伊豆の温泉旅館の女将に」とぼんやり考えていたという小林さん。その夢こそかなわなかったが、邦彦さんとある時行った東京の焼きふぐ店の美味しさに驚き、いつか焼きふぐの店を自分でという思いも温めていた。熊谷市内に居抜きの物件を見つけて改装し、2019年10月に志ち福を開業した。志ち福の名前はクラブ時代に将棋棋士の故・大内延介九段にいつか店を開くならと志保子さんの志の名を取って考えてくれた名前を使った。驚いたことに購入した店の物件に残されていたのれんにはふぐの絵と「七福」の文字が書かれていた。「見知らぬ熊谷の地ですが、縁を感じました」と穏やかな笑顔を見せる。焼きふぐだけでなく、甘みが乗った蒸しふぐも出す。ふぐの刺身といえば薄い切り身で出てくるが、志ち福では4ミリほどの厚みがあり、噛み応えがある。自分が飲んでおいしかったという埼玉県の地酒、権田酒造(熊谷市)の「直実」、川端酒造(行田市)の「桝川」も置いている。だが、開業からしばらくしてコロナ禍に見舞われる。これから客を増やそうという矢先だっただけにダメージは大きかった。国からの給付金を使いながらなんとか乗り切った。「お客様が来られない間も、店が傷まないようにしょっちゅう顔を出していました。この店がなかったら、知らない土地で家で過ごすばかりで気が滅入っていたかもしれません。おかげで乗り切ることができました」と振り返る。店の周囲にはゴルフ場が多い。ゴルフ帰りに立ち寄ってくれるお客さんも多い。小林さん自身も市内の店に飲食に出かけることが多く、そこで知り合った人がまた別のお客さんを連れてくることもあり、口コミでじわじわと認知を広げつつある。「まだまだ事業としてはこれからですが、しっかりと店を育てていきたい」と語る。2022年6月には夫の邦彦さんが役員定年後も顧問として働いてきた会社を退職した。熊谷駅まで迎えに行くと、邦彦さんが部下からもらった花束を持つ姿を見て涙がこみあげてきた。その邦彦さんと今では夫婦水入らずの生活を続ける。取材を終え店から外に出ると、小林さんは「ここは空が広いから月が大きく見えるの。夕日もとてもきれいなのよ」と空を見上げながら言う。銀座時代と比べると決して華やかな生活ではないかもしれないが、穏やかでいられる安住の場所があることに小林さんは何より感謝をしている。志ち福商事株式会社既存物件を大掛かりに改装してできた居心地の良い空間27カウンターで小林さんとのおしゃべりを楽しむ客も多い事業内容/飲食店〒360-0022 埼玉県熊谷市戸出879-2TEL:048-525-0729https://shichifukukumagaya.com

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