Plusone632
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クラブ勤め、料理店経営を経て、安住の地で提供する焼きふぐ料理「愚痴、泣き言を言わない、弱音を吐かない」結婚を機に接客業を辞め、熊谷へふぐ料理といえば、てっさ(刺身)やてっちり(鍋)が思い浮かぶが、小林志保子さん営む「志ち福」では、焼きふぐを主に提供している。出される大皿には大根おろしがびっしり載っていて、その下に骨に近い部分のふぐの身が隠れているという粋な演出。炭火でじっくりと焼く身は香ばしく、大根おろしと博多万能ねぎを加えたポン酢でさらにうまみが増す。埼玉県熊谷市でなぜ焼きふぐ?と思うが、福岡県北九州市で生まれ育ち、高校は山口県長門市に通った小林さんにとってこれらは身近な食材なのだ。東京の短大に進学し、そのまま東京で就職。その後、北九州にいた母親も呼び寄せたまアルバイトで働いた銀座の高級クラブでそのまま働くことにした。「この世界で着物を着る楽しさを知り、言葉遣いを教わりました。来られる方がいいお客様ばかりでいろいろな世界のことを知ることができ、ゴルフもマージャンも覚えました」。もちろん楽しいことばかりではない。「愚痴を言わない、泣き言を言わない、弱音を吐かない」を自分に言い聞かせ、苦労を乗り越えた。その後、兄を亡くした。それまでの精神的なストレスも相まって自律神経失調症を患い、クラブをやめた。その代わりに銀座のビルの1階で料理屋を始めることにした。「母の料理をおいしいと言ってくださる方がいて、母に料理を作ってもらうことにしました」。同じビルの3階でバーも開いた。客だった邦彦さんと52歳で結婚した。「お酒とたばこ、ゴルフが2人の絆を深めてくれました」と小林さん。結婚を機に店をたたみ事から離れ、結婚生活を謳歌した。3年ほど前、邦彦さんが、100歳。25歳の時、たまた、10年間は仕銀座時代の思い出話は尽きない2613年前、クラブに勤めていた時の志ち福代表 小林 志保子さん東京埼玉

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